
日出ずる国は、その美しさに等しいほど、理解することが難しい国である。
2018年5月29日、日本の地に足を踏み入れた瞬間、奇妙で、理解しがたい感情が私の中に広がった。私は、ほとんど聞こえないほど小さな声のささやきを感じた。その声は私に何かを語りかけようとしていた。とても遠くから届く音だった。空間の遠さではなく、時間の遠さの中から。
それ以来、私は日本で何万キロもの道を進んできた。歩いて、車で、列車で、飛行機で。数えきれないほどの出会いを重ねるうちに、そのささやきは少しずつ言葉になっていった。そして、ひとつの短い言葉になった。「ここにいなさい。ここはあなたの居場所だ」。
コロナのために三年間待ち続けたあと、2022年11月に日本へ戻ったとき、日本について書くこと、日本を語ることは、私にとって必要なことになった。最初は「Ohayou(おはよう)」という小さな文章だった。そこにあった唯一の望みは、いくつかの印象を友人たちと分かち合うことだけだった。しかし、言葉を重ね、経験を重ね、出会いを重ねるうちに、その文章は少しずつ広がっていった。
私が日本で歩んできた道、日本文化の道、そして日本人自身の道。それらが、この文章たちの中心にある。だから私は、このブログを 和日本道(わにほんどう)と呼ぶことにした。それは「日本の調和ある道」と訳すことができる。
漢字の「道」には、翻訳だけでは伝えきれない精神的な広がりがある。だからこそ、この名前は原文のまま残している。

